昔できたのに, 今できない

知識や技術の伝承について, 真面目に :-)

ライト兄弟の飛行機の復元が失敗

1903 年 12 月 17 日, 人類初の飛行機はライト兄弟の手によって飛び上がっ た. この偉業を讃え, 100 年後の 2003 年 12 月 17 日, ライト兄弟の飛行機 の復元機を, ライト兄弟が飛んだ場所で飛ばそうというイベントが行われた.

当日, 天気はあまりよくなかったそうだ. まず雨のため数時間延期. その 後に雨はやんだのだが, 結局, 復元機を飛ばすことはできなかった. 100 年前 にできたことが, できなかった.

昔できたのに, 今できないこと

国産ロケット

最近, 昔はできたはずなのに, 今はどうもうまくできないというようなこ とが多くないか? 例えば H2A ロケット. 打ち上げに失敗するたびに, あそこ が悪かった, いや今度はこっちが悪かったという調査結果が報道されている. しかし結果だけを見てみれば, 昔はそれなりに人工衛星などを打ち上げること ができていたのに, 最近は失敗が目に付く. ここ一番という重要なタイミング での失敗が多いから印象に強く残っているだけかもしれないが, 重要なタイミ ングで失敗するということは, 重要度の低いときにでも失敗するということだ ろう.

日本だけではない. 最近は減ってきた気がするが, 1980 年代から 1990 年 代前半にかけての NASA も, 事故が多かったように感じる. 巨額の費用が投じ られ, 賢い頭脳を集結させているにもかかわらず, 月へ人を送る実力が今のア メリカにあるかどうか, 私には分からない. アメリカの場合, 月よりもお金を かけるべき重要なことがたくさんあるだけなのかもしれないが.

ヘルツの公式

ここ数ヵ月, 円柱と平面が接触したときの応力状態や変形はどうなるかというこ とに興味がある. この解に関しては, 19 世紀の最後の頃にヘルツという人が, 一般的な 2 次曲面同士の接触の場合に応力分布を 2 次関数で近似する手法を 提案している. ものの本によると, 例えばベアリングの設計に際し, ボールと 内壁の接触状態の計算などに, よく用いられるそうだ.

「ヘルツの公式」として知られるこの式は, 例えば球と球の接触の場合は 割りと簡単である. ちょっとした材料力学や弾性学の本を見れば, 導出過程と ともに, 接触面における応力状態や中心間距離の変化などが掲載されている.

しかしこれが楕円球と楕円球の接触になると, 途端に難しくなる. その 1 つの極限である円柱と平面の接触に関しては, 接触面における応力状態の数式 ならいくつかの本で見掛けた. しかし, その導出を説明した本は, 今までに見た ことがない. さらに円柱の中心がどれだけ平面に近付くかと いうことに関しては, 数式すら掲載されていない.

幸運にも, ヘルツの公式が掲載されている本の著者に直接質問する機会を 得た. 円柱と平面の接触に関する上記のような質問をしたところ, 著者自身も 導出方法を覚えておらず, 引用文献にもそれは出ていないとのことだった.

ヘルツが 100 年前に導出した 2 次曲面同士の接触状態を表す数式, これ をきちんと理解できる人は, 現在, 世界に何人くらいいるのだろうか?

何が問題か?

ライト兄弟の飛行機復元失敗, ロケット打ち上げ失敗, ヘルツの公式の詳 細不明. これら 3 つに共通するのは, 結果しか後世に伝わらず, 経過が不明 になってしまっているということではないだろうか?

ライト兄弟の飛行機に関しては, 飛行機そのものというハードウエアと共 に, 飛ばす技術というソフトウエアも重要である. そしてライト兄弟は, ハー ドウエアとソフトウエアの双方を少しずつ向上させ, 1903 年 12 月 17 日を 迎えたのではないか? ロケットをゼロから開発した人は, この材料を 使ってこの形状を作ると決めた際には, 様々な理由があったのだと思う. ヘル ツの公式にだって, 当然それを導くための過程が存在する.

しかし, ここから根拠に乏しい私の推量になるのだが, 現代人は先人の思 考の結果を引き継いではいるものの, 思考のプロセスは十分に引き継げていな い. プロセスがわからないと, 応用が効かないのだ. 新しいロケットを作ると き, 全体としてどう設計して良いのか? 公式集に出ている数式以外を知りたい とき, どう導けば良いのか. それが分からない.

そうなってしまう理由は 2 つあるだろう. 1 つは先人が結果をわかりやすく残すこ とは努力したが, 思考の過程を残す努力を怠ったこと. もう 1 つは現代人が 結果のみを受け取り, その背景にあるプロセスを十分に考えようとしなかった こと. 技術者の端くれである私は, 今, 現代人として, 結果の背景にある過程 を見つけようとして, ときどき苦労している. そしてもし何かの技術の先人に なれるとしたら, プロセスも残すように努めていきたい.

最後に

全く関係ない話を最後に. 小学校低学年の頃までは, 私もミミズなどを捕まえて遊んでいたりしたの だが, 30 歳を越えた今となってはミミズに触れることにためらいを覚える. 昔できたミミズ捕りを今できないのは, 年を取るにつれて「ミミズは触って 遊ぶべきものではない」という余計な知識を学習してしまったからにすぎない. 要らない知識は, 身に付きやすいものである.



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